清涼飲料水と水―その1―            中村 賢一


◇中村 賢一(なかむら・けんいち)◇
東京教育大学農学部農芸化学科卒業,日本香料鰍ノ入社。渇i廣堂.ザ・コカ・コーラカンパニーパシフィックゾーンテクニカルを経て日本コカコーラ葛Z術本部に移籍。定年退職後中村技術士事務所開設,現在に至る。

    ◇ は じ め に◇

 清涼飲料(水)は一般的には清涼感や爽快味のある,のどの渇きをいやすのに適した,アルコールを含まない,飲料とされているが,食品衛生法では清涼飲料水を「乳酸菌飲料,乳及び乳製品を除く酒精分1容量パーセント未満を含有する飲料であること」と定義し,トマトジュース,濃縮ジュース,果汁入り飲料,炭酸水,サイダー類,コーラ頬,コーヒー飲料,茶系飲料,ミネラルウオーター,豆乳,スポーツドリンク等およそ飲料はすべて清涼飲料水に該当するとしている。これら清涼飲料の最近5年間の生産量を第1表に示した。

 食品衛生法は更に,清涼飲料水をその性状等により次の4種類に分類し,成分規格,製造基準等を定めている。1)
 (1)「ミネラルウオーター類」
 (2)「冷凍果実飲料」
 (3)「原料用果汁」
 (4)「その他の清涼飲料水」
 上記(1)〜(3)に掲げるもの以外の清涼飲料水をいう。(本稿では主として,この「その他清涼飲料」について述べる。)
 この清涼飲料の昨年の総生産量は,第1表に示したように,約1,586万klであり,これは1人1日当たりはば350g缶1缶を消費したことになる。
これはヒトが毎日摂取しなければならないとされる飲用水量の約1/3に相当する。このように清涼飲料は,ヒトの日常生活にとって非常に重要な存在であり,この清涼飲料の組成分のおおよそ90%は水である。ここでは清涼飲料の主要構成成分であるこの水について,清涼飲料製造用水として求められる水質,その水質の改良方法等について述べる。

            第1表 清涼飲料生産統計(1997年〜2001年)単位:kg

  分 類1997年 1998年 1999年 2000年 2001年
炭酸飲料3,006,0302,853,0002,892,0002,804,0002,649,000
果実飲料1,814,0002,056,0002,214,0002,255,0001,934,000
コーヒー飲料2,568,0002,562,0002,600,0002,610,0002,688,000
茶系飲料3,876,0003,990,0004,057,0004,380,0004,826,000
ミネラルウオーター646,000714,500956,400894,3001,021,200
豆乳頬 29,00034,00045,50054,00067,300
トマトジュース 70,00090,00090,00074,00077,000
その他野菜飲料 117,000164,000220,000266,000297,000
スポーツドリンク1,068,0001,065,0001,156,0001,378,0001,499,500
乳性飲料325,000291,000268,000345,000327.000
乳性飲料(き釈用)177,000171,000178,000185,000176,000
その他清涼飲料 271,000481,000490,000246,000295,000
  合 計 13,967,00014,471,60015,166,90015,493,30015,859,000
           資料:全国清涼飲料工業会・日本炭酸飲料検査協会調べ

 ◇清涼飲料製造用水としての水質◇ 2)

 清涼飲料の主要構成成分が水であることから,製造用水の品質が製品に与える影響はきわめて大きい。優良な製品をつくるためには,まず,優れた水質の用水を使用することが必須である。優れた水質の用水の要件は,先ず何よりも,この製造用水の原水が食品衛生法に定められた水質基準に適合していることであり,次いで,飲料製品の香味に悪影響を与える因子がないこと,更に,飲料製品をより魅力的にするように改良を加え,おいしさを増強するような品質であること,最後に,安心して飲めるおいしい飲料という消費者ニーズに対応できるような品質であることである。

 <食品衛生法に基づく水質基準>
 上記の「その他清涼飲料水」の製造に使用する水の原水は,食品衛生法により,「飲用適の水」であることと規定されていており,「飲用適の水」とは水道法に基づくものと食品衛生法によるものがある。前者については,本シリーズ解説の第10回に詳細が述べられており,後者の水質基準値を第2表に示した。

           第2表 水質基準値(清涼飲料水の製造基準より)

     項 目     基準値  区 分
一般細菌1mlの検水で形成される集落数が100以下であること。病源生物
大腸菌群検出されないこと。
カドミウム0.01mg/l 以下であること。無機物・ 重金属
水銀0.0005mg/l 以下であること。
0.1mg/l 以下であること。
ヒ素0.05mg/l 以下であること。
六価クロム0.05mg/l 以下であること。
シアン0.01mg/l 以下であること。
硝酸性窒素および亜硝酸性窒素10mg/l 以下であること。
フッ素 0.8mg/l 以下であること。
有機リン0.1mg/l 以下であること。
亜鉛1.0mg/l 以下であること。
0.3mg/l 以下であること。
1.0mg/l 以下であること。
マンガン0.3mg/l 以下であること。
塩素イオン200mg/l 以下であること。味覚
カルシウム,マ グネ、シウム等 (硬度) 300mg/l 以下であること。
蒸発残留物500mg/l 以下であること。
陰イオン界面活性剤0.5mg/l 以下であること。発泡
フェノール類フェノールとして0.005mg/l 以下であること。におい
有機物等(過マ ンガン酸カリウ ム消費量)10mg/l 以下であること。味覚
pH値 5.8以上8.6以下であること。基礎的性状
異常でないこと。
臭気異常でないこと。
色度5度以下であること。
濁度2度以下であること。

 なお,最近の英国における水質基準値(ドリンキングウオーター用)3)を第3表に示した。

      第3表 英国における飲用水の基準・化学物質

     項目  単位  限界濃度
ヒ素μgAs/l50
カドミウムμgCd/l5
シアンμgCn/l50
クロムμgCn/l50
水銀μgHg/l1
ニッケルμgNi/l50
μgPb/l50
アンチモンμgSb/l10
セレンμgSe/l10
殺虫剤およびその関連物質
(a)個々の物質
(b=総量

μg/l
μg/l

0.1
0.5
多環芳香族炭化水素(Polycyclic
aromatichydrocarbons)
μg/l0.2
塩素mgCl/l400
カルシウムmgCa/l250
ホウ素μgB/l2000
バリウムμgBa/l1000
硬度mgCa/l60
アルカリ度mgHCOэ30

 <製品の品質面より必要とする水質>
 清涼飲料用水は,その原水が上記水質基準に適合しているものでなければならないが,これは必要条件であって十分条件ではない。優良な製品を製造するためには,清涼飲料用水は次のような水質を満足するものでなければならない。

(1)無色・透明・無味・無臭であること
  良質の水は,濁りもなく,不溶性固形物も含まない,いわゆる,無色,透明,無味,無臭である。低質の水は黄色あるいは薄い褐色を呈し,わずかな濁りあるいは沈殿物があることもある。濁り,沈殿物の原因物質としては,微生物,ケイ酸 鉄.マンガンなどの化合物,粘土など,着色の原因物質としては,フミン酸で代表される植物の分解生成物であることが多く,そのほか鉄,マンガンによる場合もある。臭いの原因物質には,水の処理に使用した塩素剤に由来する残留塩素,藻類,放線菌などがつくりだしたジュオスミン,2−メチルイソボルネオール(何れもカビ臭)などがある。これらは,製品の品質に直接影響を与えるので除去しなければならない。除去法としては凝集沈殿・ろ過,塩素剤またはオゾンによる酸化処理,活性炭による吸着,脱気処理などがある。

(2)微生物を含まぬこと
  水中に存在または繁殖する藻類,細菌類,カビ類,原生動物などすべてが清涼飲料製造には有害な存在である。最近特に問題になったのは,下痢,腹痛などを起こすクリプトスポリジウムで,このオーシストが塩素消毒に対し強力な抵抗力を持つためである一ト7)。微生物の除去には,塩素,オゾンなどの殺菌剤,紫外線殺菌,膜処理などが用いられる。微生物に関しては,製造用水だけでなく,パイプ頬,器具なども常に清潔に保つことか大切である。水の衛生管理についてほ,HACCPシステムを効果的に機能させるための前提になるプログラム,一般的衛生管理プログラムの中に「使用水の衛生管理」として取り込まれていて,衛生管理の方法が細かく定められているl)。

(3)遊離塩素を含まぬこと
  塩素は,水道水の殺菌あるいは製造用水の水質改良の目的で使用されるが,この塩素が残留したままで清涼飲料を製造することは絶対に避けねばならない。この残留塩素は,清涼飲料の色,香り,味に悪い影響を与え,著しく製品の品質を損なラ。残留塩素の除去は.活性炭による吸着が望ましい。

(4)アルカリ度が低いこと
  水のアルカリ度は,水中に含まれる炭酸塩,重炭酸塩,水酸化物に起因する。製造用水のアルカリ度は,低いほうがよいが,50mg/ゼ以下が望ましい。アルカリ度が高いと,フレーバーの変質の原因となり,果汁を使用している場合は果汁の味を悪くし,果汁成分と不溶性物質を作りやすく,時には外観を損なうようになることもある。炭酸飲料の場合はカーボネーションの阻害因子となる。アルカリ度を下げる方法としては,膜による軟化処理,脱炭酸処理などが用いられる。

(5)鉄,マンガン含有率が低いこと
  鉄やマンガンは,地表水中ではあまり高い濃度で検出されないが,地下水中には,地層にもよるが,多量に存在することがある。鉄やマンガンを含む水は,着色,退色,沈殿物の生成,風味の低下をもたらす可能性が高い。除去には,凝集沈殿・ろ過,脱塩処理などが有効である。

(6)硬度はなるべく低いこと
  硬度は水中に含まれるカルシウムとマグネシウムの濃度を表わしたものであるが,日本の自然水の硬度は比較的低く,一般的な清涼飲料ではあまり問題にはならない。しかしながら,近年大きく伸びてきた茶系飲料やコーヒー飲料のための製造用水は,硬度が高いと製品に濁りを与え,あるいは沈殿発生の原因となることがあるのでかなり低めに抑えられ,厳しく管理されている。除去法としてはイオン交換,膜処理等種々工夫がなされている。

(7)過マンガン酸カリウム消費量は少ないこと
  過マンガン酸カリウム消費量は,水中に含まれる有機物,鉄,マンガンなどの還元性物質の量を示す値で,この値が高い製造用水を使用すると,製品の変質,沈殿物の生成などを引き起こすことがある。除去方法としては,塩素剤やオゾンによる酸化処理,活性炭による吸着処理が行われる。

 <消費者ニーズに対応できる水質>

 近年,消費者の噂好の多様化から,無糖,徴糖,茶,コーヒー飲料など,繊細な香味を持った製品が多くなってきている。このため,この傾向に対応した水質が製造用水に求められている。また,水道水の味・臭いなどの水質低下あるいはトリハロメタンで代表される有機塩素化合物の存在などがマスコミの話題になるようになり,消費者は健康面での不安感を水道水に対して抱くようになった。このような状況から,消費者の健康・安全・安心へのニーズに応えうる,そして,製品の高度化と製品の特性に見合った水質基準を設定し,それを満足するように原水を処理しているのが現状である。これは,結局,食品衛生法に規定された「飲用適の水」に対応する水質基準より遥かに高度な基準となっている。
 製造用水の水質基準の例として,第4表−1に日本のもの 8),そして,第4表−2に米国ドクターペッパー社のもの 9)を示した。

      第4表-1 製造用水の水質限界濃度(日本の例)

水質項目限界濃度
濁り透明
無色
無味
臭気無臭
アルカリ度 CaCOэmg/l50以下
硬度   CaCOэmg/l100以下(50以下が望ましい)
鉄    Fe mg/l0.1以下
マンガン Mn mg/l0.1以下
過マンガン酸カリウム 消費量 mg/l10以下
残留塩素 mg/l0

      第4表-2 製造用水の水質限界濃度(米国ドクターペッパー社)

項 目限界濃度
アルカリ度 50ppm
全蒸発残留物500ppm
鉄あるいはマンガン0.2ppm
ないこと
残留塩素ないこと
臭気ないこと
異味のないこと
濁度1.0ppm
微生物 ないこと

 (第1図)は,全国の井戸水の分析結果から,水質基準の不合格項目の割合 10)を示した。